15年目の3.11

2011年3月11日、午後2時46分。

あの東日本大震災の発生から早くも15年が経ちました。

巨大地震のみならず、津波、そして原子力災害は、日本社会に計り知れない被害をもたらしました。

復興はいまだ道半ばであり、その影響は今も続いています。

震災のことを知らない若い世代も増えましたが、私たちはこの大災害のことを忘れてはならないと思います。

犠牲になられた皆様に心より哀悼の意を表すとともに、ご冥福をお祈りいたします。

この15年で変わった防災のかたち

東日本大震災は、日本の防災政策を大きく転換させました。

震災後、政府は復興庁を設置し、法律や予算制度を見直しながら長期的な復興体制を整備しました。

同時に、防災は「災害が起きてから対応するもの」から、「被害を減らすために平時から備えるもの」へと考え方が変化します。

ハザードマップの更新や地域ごとのリスク情報の共有が進み、住民自身が危険を理解し行動する仕組みが強化されました。

インフラ面でも変化は顕著です。

耐震技術や防潮設備の強化、通信手段の多重化など、災害時でも機能を維持する社会基盤づくりが進められました。

日本は長年の災害経験を背景に、耐震・減災技術を国内外へ展開する国にもなっています。

さらに近年では、ドローンによる避難呼びかけや高度な警報システムなど、テクノロジーを活用した防災も進んでいます。

震災後の15年は、「復旧」だけでなく、「次の災害に備える社会づくり」の期間でもあったと言えるでしょう。

ただし、避難所のプライバシー確保や、女性や子ども、障害者など立場の弱い人々への対応に関してはまだ多くの課題を残しています。

自然災害の発生は防ぐことができませんので、いざというときに少しでも安心で快適な避難生活が送れるよう、今後も改善に取り組んでいく必要があります。

社会全体で取り組む防災・減災

防災は行政だけの仕事ではありません。

学校では避難訓練や防災教育が継続的に行われ、子どもたちは災害リスクを理解しながら成長しています。

こうした教育は、日本社会の防災力を支える重要な基盤とされています。

地域コミュニティの役割も見直されました。

顔の見える関係づくりや自治体間の応援体制の整備など、「人と人のつながり」が災害対応力を高める要素として重視されています。

実際、日本は定期的な訓練や社会全体での協力体制により、災害多発国でありながら被害を抑えてきた国の一例として国際的にも評価されています。

防災とは設備や制度だけではなく、日常の習慣や意識そのものだという認識が広がった15年でもありました。

職場と家庭での「現実的な備え」

では、私たちの日常はどれほど変わったでしょうか。

企業ではBCP(事業継続計画)の策定や安否確認システムの導入が一般化し、災害時でも業務を止めない体制づくりが進みました。

震災復興の現場では技術者や人材不足が課題となり、平時からの体制整備の重要性も明らかになっています。

一方、家庭での備えは決して難しいものではありません。

非常食や水の備蓄、避難場所の確認、家族間の連絡方法の共有などは、すでに取り入れている家庭も多いことでしょう。

こうした基本的な準備が、いざという時の安心につながります。

重要なのは「特別なことをする」よりも、「続けられる形にする」ことです。

例えば、防災用品を定期的に見直す日を決めたり、季節の衣替えと一緒に備蓄を確認したりするだけでも、防災は日常に組み込まれます。

ローリングストックの活用も有効です。

記憶を、未来の安全へ

震災から15年。

被災地ではまちの姿や暮らし方、産業のあり方まで大きく変化しました。

震災を境に「震災前」「震災後」という言葉が生まれたほど、社会は深く影響を受けています。

しかし、防災に終わりはありません。

将来の巨大地震の可能性も指摘される中で、私たちにできるのは、経験から学び続けることです。

3月11日は、追悼の日であると同時に、「備えを見直す日」でもあります。

職場で、家庭で、そして地域で。それぞれの場所で小さな確認を重ねることが、未来の被害を確実に減らしていくことでしょう。

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